大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)742号 判決

上告人

佐々木タマエ

被上告人

池田融

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について

一筆の土地の一部分につき売買契約が締結された場合においては、売買の対象である土地部分が当事者間において具体的に特定されない限り、当該土地部分についての所有権ないし共有持分権が当然に移転することはないと解するのが相当である(最高裁昭二八年(オ)第八四七号同三〇年六月二四日第二小法廷判決・民集九巻七号九一九頁参照)。これを本件についてみるのに、原審が確定したところによれば、本件土地について四分の三の共有持分権を有する吉村博行ら三名は、被上告人及びその子である池田勝一に対し、本件土地の南側部分約六〇坪を売り渡すことにしたが、売却部分の面積が六〇坪となるような本件土地の南端から八メートル余の地点で東西に線を引くと楠の根がかかることになり、また、その西側部分については、後日、東西の市道からの進入路を建築基準法に従つて拡幅するため必要部分を被上告人らが提供することが予定されていたので、契約書上では約六〇坪と表示し、分筆・移転登記の際の正確な測量に基づいて売り渡すべき土地の範囲を確定することにした、というのであつて、右事実のみでは、いまだ売買の対象たる土地部分が当事者間において具体的に特定しているものと解することはできないから、被上告人及び池田勝一は、吉村博行ら三名との間で前記売買契約を締結したというだけでは、対象たる土地部分を特定してその所有権を移転すべき旨の債権を取得するのは格別、当然に本件土地の特定された一部分についての共有持分権を取得することはできないものといわなければならない。

しかしながら、原審が確定したところによれば、(1) 本件土地は、もと吉村博夫の所有であつたが、同人及びその妻吉村アサエが死亡したことにより、吉村博行、吉村啓、吉村サカエ及び上告人が共同で相続し、持分四分の一ずつの共有となつた、(2) 本件土地の北西角部分には吉村博夫所有の建物があり、同人は昭和二二年から妻の甥にあたる被上告人に対し、右建物を居住目的で無償で貸していたが、昭和四六年七月一九日、上告人ら四名の共有者と被上皆人及び池田勝一との間において、(イ) 上告人らは被上告人に対し、右建物を昭和四六年六月一日から賃料一か月四一八四円で賃貸し、右建物が朽廃したときは、その敷地に相当する本件土地の北西角部分172.5平方メートルを建物所有の目的で賃貸する、(ロ) 被上告人及び池田勝一は、同年九月三〇日限り、右建物の敷地以外の部分に建築するなどした建物を収去しその敷地を上告人らに明け渡す旨の訴訟上の和解が成立した、(3) その後、上告人を除く三名の共有者と被上告人らとの間において、右和解で定められた土地の使用条件を変更することになり、昭和五〇年二月七日、上告人を除く三名の共有者は、被上告人らに対し、本件土地の南側部分約六〇坪を売り渡し、被上告人は、同地上に建物を建築して入居するのと同時に右和解で定められた賃借権を放棄し建物を撤去することなどが約定された、(4) 右売買契約においては、前記のような事情から、契約書上では売買土地面積を約六〇坪と表示し、分筆・移転登記の際の正確な測量に基づいてその範囲を確定する旨、及び代金は一応坪単価一一万四〇〇〇円、合計六八四万円とし、売却面積が確定した時点で六〇坪を前後する分の端数を精算する旨が定められた、(5) 被上告人及び池田勝一は、右売買契約と同時に手付金一〇〇万円、同年三月一日に二五〇万円の各支払をし、同年八月ころ、本件土地の南側部分に鉄筋コンクリート造陸屋根二階建の本件建物を建築するとともに、前記(3)の約定に従い旧建物を撤去し、被上告人は、本件建物に入居し、昭和五二年六月九日本件建物につき自己名義で所有権保存登記を経由した、なお、更地となつた本件土地の北側部分は吉村博行が被上告人から返還を受けて管理している、というのである。

右事実によれば、被上告人は、池田勝一とともに、本件土地について四分の三の持分権を有する共有者から本件土地の南側部分約六〇坪を買い受ける旨の契約を締結し、具体的な土地の範囲及び代金額の確定を将来に残したまま、おおよその部分の引渡を受け、同部分の地上に本件建物を建築したものであつて、本件建物の所有による被上告人の右敷地占有は、四分の三の持分権を有する共有者との間の売買契約の履行過程における右共有者の承認に基づくそれであるということができる。そうすると、右売買契約が解除等によつて消滅したことの主張、立証のない本件においては、たとえ右承認が共有者の協議を経ないものであつても、本件土地について四分の一の共有持分権を有するにすぎない上告人は、当然には、被上告人に対し、本件建物を収去してその敷地部分を明け渡すことを求めることはできないものといわなければならない。けだし、共有地の多数持分権者が共有者の協議を経ないで共有地を占有使用している場合であつても、少数持分権者は当然には多数持分権者に対して共有地の明渡を請求することはできないところ(最高裁昭和三八年(オ)第一〇二一号同四一年五月一九日第一小法廷判決・民集二〇巻五号九四七頁参照)、この理は、多数持分権者から共有者の協議を経ないで共有地を占有使用することを承認された第三者と少数持分権者との関係にも妥当すると解されるのであり、したがつて、少数持分権者である上告人は、多数持分権者から占有使用を承認された被上告人に対し、自己の持分権に基づく右持分権侵害に対する排除請求として当然には本件建物の敷地部分の明渡を求めることはできないし、また、共有物の純然たる不法占有者に対する場合におけるように、共有物の保存行為としても単独で自己への右敷地部分の明渡を求めることはできないものというべきだからである。

それゆえ、原審が、被上告人は本件土地の南側部分約六〇坪について共有持分権を取得したものと判断したことは失当であるが、上告人は被上告人に対し、本件建物を収去してその敷地部分を明け渡すことを求めることができないことに変りはないから、論旨は判決の結論に影響しない部分を論難することに帰し、採用することができない。

その他の論旨は、独自の見解に基づき又は結論に影響しない部分について原判決の不当をいうものであつて、採用することができない。

同第二点について

所論は、被上告人による本件土地の南側部分約六〇坪について共有持分権の取得をもつて上告人に対抗しうるものとした原審の判断には、民法一七七条の解釈適用を誤つた違法があるというが、さきに述べたように、被上告人は右土地部分の共有持分権を取得したものとはいえないから、民法一七七条の適用の有無を論ずるまでもないことであるし、また、上告人が被上告人に対して本件土地中の同人占有部分の明渡を請求することができないのは、被上告人による右土地占有が同土地に対する共有持分権者としてのそれではなく、多数持分権者の承認のもとにおけるそれであるためであるから、論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない部分の不当をいうに帰し、採用することができない。

同第三点について

本件において、被上告人は本件土地について四分の三の共有持分権に有する共有者の承認を得てその一部分を占有使用しているのであつて、たとえ右共有者らが右占有使用を承認するにあたつて上告人との協議をしていないとしても、本件土地について四分の一の共有持分権を有するにすぎない上告人が被上告人に対し当然に右土地部分の明渡を請求しうるものではないことは、前述のとおりであるから、論旨は採用することができない。

同第四点について

記録によれば、上告人の本訴請求は、被上告人は本件土地上に本件建物を建築所有してその敷地部分を占有しているので、被上告人に対し、本件建物を収去してその敷地部分を明け渡すとともに、不当利得返還又は不法行為による損害賠償として敷地部分の賃料相当額の四分の一の割合による金員の支払を求める、というのであつて、少なくとも請求の趣旨としては、金員請求の基礎となる土地の面積を本件建物の敷地部分に限定する趣旨であることが明らかであるから、原審が、被上告人が現実に占有している土地の面積にかかわらず、本件建物の敷地部分すなわちその一階部分の床面積を基礎にして不当利得額を算定したことに所論の違法があるとはいえない。論旨は、採用することができない。

同第五点について

裁判所は、将来の給付を命ずる判決をするにあたり、当該給付請求権の基礎をなす事実関係及び法律関係に変動をもたらすべき将来の事由を特定し、かかる事由の発生を終期として右の給付を命ずることができるが、この場合、右の事由は、最終口頭弁論期日当時において将来におけるその発生が予想され、かつ、それが発生した場合には原則として右給付請求権の成立又は内容に変更を生ぜしめると考えられるものであれば足り、常に必ずこのような効果を生ぜしめるものであることを必要とするものではないと解するのが相当である(このように解しても、右の事由の発生にもかかわらずなんらかの特別の事情によつて当該給付請求権になんらの影響も生じなかつたような場合には、右の権利者において改めてその給付を請求することは少しも妨げられないのであるから、権利者に対して格別不都合な結果を生ずるおそれはない。)。本件において原判決が認めた上告人の不当利得返還請求権は、結局において、被上告人が目的物件を一部共有者の承認のもとで排他的に占有使用していることに基づくものであるところ、将来右の共有関係に変更が生じた場合には、原則として当該不当利得返還請求権の成否ないしその内容についてもなんらかの変動を生ぜしめるものであり、それにもかかわらず右請求権がなんらの影響をも受けないというのは通常は予測し難い例外の場合と考えられるから、原審が結論においてこれと同趣旨の見解のもとに、上告人の右不当利得返還請求中将来にわたる部分について原判示のような終期を付したことに所論の違法があるということはできない。(なお、原審は本件土地中の本件建物の敷地部分につき上告人と被上告人らとが共有関係にあるものと判断して判示のような終期を付しているものであるから、原判示にいう共有関係の変更とは上告人と被上告人らとの共有関係を指すものであり、したがつて右は存在しない法律関係の変更という不能の条件を付した違法があることになるのではないかという疑問が出されるかもしれないが、上に述べたように、原判決の趣旨とするところは、ひつきよう、前記のような上告人の不当利得返還請求権発生の基礎となつている共有関係に変更が生じた場合をもつて終期とするにあると解することができるので、右の疑問はあたらない。)論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

上告人の上告理由

第一点 控訴裁判所は民法第一七五条、第一七七条、第二五一条、第九〇六条、第九〇七条に違反した判決をしている。

未分割遺産のうち特定不動産である別紙図面の本件土地522.31平方メートル(以下本件土地と称す)の中に、共同相続人全員の同意なく、任意の場所、位置、範囲を勝手に選定して、これに「本件建物敷地部分を含む約六〇坪の部分」と表示し、その範囲限度の共有持分権を自由に法律的拘束を受けることなく対応させ、(例えば最大限近く五一一平方メートルにも勝手に選定し得る)、上告人の共同相続人他三名は共有持分権の合計四分の三を譲渡した故に、登記の有無に拘らず、その譲受人(被上告人及び訴外共同買主池田勝一)は四分の三の持分所有権を取得した為、当然その使用収益権限は買受部分全部にわたり取得したものとして、遺産分割訴訟もよらずに、最終的には共有物分割訴訟により正当な取得も可能となるような認定により、未分割未分筆の特定不動産、遺産である本件土地の一部分に、被上告人が分筆完了の特定不動産についてと同様な共有持分を取得し得るとすれば、未分割遺産所有権の侵害である。この上告人の主張を正当でないとする本判示には民法第一七五条、第一七七条、第二五一条の法適用の違反がある。

上告人の本件訴求に対し、被上告人は、前和解(乙第一号証)及び土地売買契約書(乙第二号証)を根拠として、

本件土地占有は前和解(乙第一号証)取決めの変更

上告人不知な土地売買契約(乙第二号証)成立の有効

管理人、表見代理の正当権限

本件土地管理方法としての占有権限の正当事由

等を抗弁したが、これらは第一審、第二審を通じ認められず、上告人に対しては全て無効であるとしたことは判示の通りである。しかるに上告人に対し無効であるとした乙第二号証売買契約(上告人以外の当事者間の効力については上告人は無関係であるが)に於ける「本件建物敷地部分を含む買受地」がいつの間にか又特定不動産の如く独立した一個の共有地として、それに対応する共有持分権として、上告人の未分割の遺産持分権を拘束する違背がある。何故ならば、判決理由第三項の2に於いて、「右売買が共有者の一員である控訴人に対して効力を生じない結果、控訴人の共有持分権を取得するに由なく、結局、……」と他の共同相続人三名の持分合計四分の三を取得したと認定して、本件土地全部についての上告人の一個の持分権から、その一部分にすぎない約六〇坪についての四分の一の持分権を形成して、二つの持分権を以つて、分筆分割協議も同意もなく、本件土地は次のように上告人を拘束する結果となる。判示により、上告人は本件土地が有効とする分筆分割の強制を容認しなければならないとすれば、本件土地が法律的にも物理的にも経済的にも全く全部が均質であると前提しても、認定によると、上告人が本件土地に対する共有持分権は次の①と②の和になる。

① 本件土地(522.31平方メートル)から約六〇坪(約一九八平方メートル)を引いた約324.31平方メートルについての四分の一の持分権

② 約六〇坪(約一九八平方メートル)についての四分の一の持分権

又判決理由、第三項の2に於いて、「……(したがつて、当該譲渡部分については、遺産分割の対象から逸失したというべきである。)……」とある。土地の売買、変更は上告人に対して無効で不可能であるから、当該譲渡部分については即ち他の共同相続人三名の共有持分権の部分となる。その結果約六〇坪についての上告人の四分の一の持分権は遺産分割の対象から逸失せず依然として遺産に残存する。未分割の特定不動産である本件土地(その一部分にすぎない当該約六〇坪を含む)は既判力を生じない判決理由に関係なく、必然的に分割の対象になる。一度認定により分割をうけた上告人の持分権が遺産分割の対象として再び分割され、決して侵害されるべきでない相続財産に対する上告人の共有持分権に重大な影響を与え、その権利が侵害される。

又本判決が有効とすれば、他の物件についても、何時でも何度でも各共同相続人は単独で自由任意に随時に分筆を行い、持分権譲渡の権利を有する事も出来る。そうすれば相続人でない各々の共有者は遺産分割を待たないで、相続人全員の分筆、分割の同意がなくとも、取得した持分権により譲渡人を相手方とする分割請求権を有することになる。相続人全員の同意なく未分割遺産のうち特定不動産の一部取得も可能となつてくる。それは財産権である相続権の侵害であり、憲法第二九条の趣旨にも反し、昭和五五年一〇月一四日付準備書面記載の諸判例の適用についても前審の判断が及んでいない点もあり、民法第九〇六条、第九〇七条に違反する。

登記は対抗要件故、当事者間に於いて一筆の土地の一部にも物権は成立し得ることもあるが、本件の売買契約に関しては、被上告人及びその共同買主池田勝一と上告人以外の共同相続人三名との間で、約六〇坪を独立の取引目的としたとしても、被上告人は上告人に対しては対抗要件を必要とする。又当事者の無効行為が有効と転換し得ることもあるが、上告人は売買契約には無関係で、前記約六〇坪が他の有効な法効果を生じる要件とはなり得ないし、上告人は不知で、最初から何らの効果も企図しておらず、他の効果を意欲する理由もない。上告人は売買契約に関知せず、全員の同意承諾もなく、認定の示す「本件建物敷地部分を含む約六〇坪」は上告人を拘束する独立した一物件とはなり得ない。〈以下、省略〉

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